カポエイラとは?

カポエイラとは?

カポエイラとはダンス・ゲーム・スポーツを一まとめにした、ダイナミックなブラジル発の第2の国技ともなっているアートの一つです!目を見張るようなアクロバティックで華麗な動き、ソウルフルな歌, エネルギッシュなの音楽、ダンス・観客の間で起こる神秘的なやり取りとコミュニケーションは一見の価値があります。

カポエイラはアフリカから連れてこられた奴隷の子孫が、ブラジルのサトウキビ畑で行っていたものです。最近では、様々な国のミュージック・ビデオやテレビだけでなく、ハリウッド映画の中にも取上げられよく見られます。

カポエイラの歴史

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カポエイラとそのアフロ・ブラジリアンルーツ:16 世紀から今日まで
1500 年代、ポルトガルは西アフリカから南米へ多くの奴隷を運んできました。南米の中でもブラジルは、大西洋を渡ってきた奴隷たち全体の42%の移住に携わるほどの奴隷大国でした。
奴隷たちは新世界に独自の伝統文化や宗教をもたらします。奴隷制度の圧迫の中で黒人たちが自らの文化をブラジル文化と融合させようとしたことがカポエイラを盛んにした要素の一つでした。奴隷たちは、迫害者に抵抗するために密かにカポエイラを練習し、同時に自らの文化伝承を試みたのです。
一部の学者の中にはブラジル原住民(インディオ)もカポエイラ発展において重要な役割を果たしたという人もいます。
奴隷制度廃止後、奴隷たちは市街地へと移動します。しかし仕事が無かったため多くの者が犯罪グループなどを形成することになります。彼らはカポエイラを練習し続けましたが、反政府・犯罪組織と関連付けられるようになり、その結果1892 年ブラジルでカポエイラは違法行為とされ、練習をするだけでも重罪とみなされるようになりました。
警察は活動を鎮圧しようと躍起になりましたが、カポエイラは極秘に練習・伝承され続け、1930 年代に活動が解禁となり、日の目を見ることになります。現在ではダンススクール、小・中・学校、高校・大学、ジム、ビーチなど、世界中で盛んに行われるようになりました。
また、ハリウッド映画やテレビ・インターネットでも頻繁に見られるようになり、カポエイラは威信を取り戻し、称賛も得たのです。
奴隷時代、カポエイラは抵抗手段の一つでしたが、今日では社会変容の媒体となっています。カポエイラでは全ての人が平等に扱われ同時にそれぞれの個性が尊重されます。貧しい人々が裕福な人々と一緒に踊り、白人が黒人と一緒に学び、子どもたちがマスターの話を聞き、その逆に大人たちも子どもに耳を傾けます。また仲間、年少者、年長者に対する敬意についても教えられます。

Mestre Bimba and Mestre Pastinha